学生時代、私は「将来これがやりたい!」という明確な夢や目標を、特段持っていませんでした。
おまけに理系学部の出身だったこともあり、周りの同級生や研究室の仲間を見渡すと、みんな同じような特定の業界へと吸い込まれるように進んでいく環境。「自分も、特にやりたいこともないし、脳死状態でこのままみんなと同じ業界へ進むんだろうな」と、半ば思考停止の状態で就職活動をスタートさせました。
当時の私には、どの企業もまったく同じものにしか見えませんでした。細かい解像度で企業ごとのビジネスモデルの違いや、強みを分析する術を持っていなかったからです。
今でこそAIの機能が発達して、企業ごとの違いの分析や特徴の洗い出しはめちゃくちゃ簡単になりましたが、当時はすべてを自力で見極める必要がありました。「何を見ればいいのかすらわからない」と迷う就活生は本当に多かったですし、それは形を変えて今も変わらない就活の壁かもしれません。
そんな「やりたいことがない、見えない」という状態だった私が、思考停止の波に飲み込まれず、自分の人生の主導権(時間)を確保するために取った、自力で優良企業を見破り、内定を突破するまでの具体的な戦略をお話しします。
【Step 1:仮説】年収の限界を知り、「営業利益率」からホワイト企業を割り出す
やりたいことがない。ならば、社会人生活の基準をどこに置くべきか。 私はまず、その業界に属する企業が載っている「四季報」を読み漁ることから始めました。
とはいえ、当時の私には難しいビジネスモデルの違いや将来性などは一切理解できませんでした。そのため、ただ一点、「平均年収」という数字だけを血眼になって見つめていました。「やっぱりお金はある程度欲しいな」という、とても素直でリアルな物欲が原動力だったと思います。
しかし、そこでひとつの現実に気づきます。四季報をどれだけめくっても、その業界に属する企業の年収は、どこもあんまり変わらなかったのです。「40歳時点でこれくらい」というモデル賃金を見比べても、どんぐりの背比べ状態でした。
「なるほど、どこに入ってももらえる給料は大体同じで、大きな差は出ないんだな」
そこから私の思考が一歩進みました。どこに入っても給料が同じなら、次に狙うべきはワークライフバランス。つまり自分の時間が圧倒的に充実している会社に他なりません。会社に縛られる時間を短くし、プライベートな時間を十分に確保しておけば、将来本当にやりたいことが見つかったときに、その時間をフルに投資して新しい挑戦ができると考えたからです。
では、外側から見ているだけではわからない「本物のホワイト企業」をどうやって探すのか? そこで私が立てた仮説が、「営業利益率が高い会社を狙う」というシステムでした。
営業利益率が高いということは、労働生産性が圧倒的に高いということです。他社が簡単に真似できない独自の技術や特許、いわゆる高い参入障壁を持っているからこそ、社員が必死に身を削って長時間残業をしなくても、会社にお金が入ってくる仕組みが整っているはずだ、と考えたのです。これは当時はあくまで頭の中の仮説に過ぎず、確証はありませんでした。しかし、後に社会人を経験して業界の内側を知ったとき、この仮説は恐ろしいほど理にかなっていたなと実感することになります。
この基準で業界の平均値と比較しながら調べていくと、たまに業界平均を大きく上回る利益率を叩き出している会社が見つかりました。それは、大学生の間ではまったく名が知られていないけれど、業界内では圧倒的なシェアを持つ「隠れた超優良企業」だったのです。
【Step 2:確証】5〜6人のOB訪問で、中の人の「満足度」をサンプリングする
「利益率が高い=ワークライフバランスが整ったホワイト企業である」という頭の中の仮説を、ただの妄想や数字のデータだけで終わらせないために、私は次のステップとして「OB訪問」を活用しました。
自分の大学出身で、その企業に実際に入社した先輩たちに片っ端からコンタクトを取り、最終的に5〜6人の方にお会いしてリアルな現場の声を聴きに行ったのです。
ここで私が意識したのは、あえて「全員違う部署の人」に会うことでした。 営業、開発、管理部門など、社内の異なる環境にいる先輩たちから、「今の現状に満足しているか?」「実際の労働環境のバランスはどうなのか?」を生々しくヒントとして集めました。
結果として、すべての部署の先輩たちがみなさん現状の環境に満足されており、「うちは本当にバランスが取れていて、いい会社だよ」とおだやかに話してくださいました。「この会社が本物のホワイト企業である確率は、限りなく高い」と、私は確固たる確証を持つことができたのです。
【Step 3:突破】貧乏性な私が、1万円の「面接コーチ」に投資した理由
行くべき優良企業のターゲットは絞り込めました。しかし、最後に立ちはだかるのは「倍率の高い面接をどう突破し、確実に内定を勝ち取るか」という実技の壁です。
私の周りを見渡しても、筆記試験の勉強はしていても、本格的な面接の対人練習を泥臭くやり込んでいる人は驚くほど少なかった。だからこそ、ここを徹底的に打てば一気にその他大勢を抜き去ることができると考え、私は就活生向けの「面接パーソナルコーチ」という有料サービスを利用することにしました。
それは、就活のプロとマンツーマンで対峙し、1回1時間で2000円を支払うというものです。実際の面接練習をしてその様子を録画し、動画を見ながら「もうちょっとこういう言い方をした方が伝わる」「エントリーシートのこの記述はこう変えよう」と、徹底的なフィードバックを受けるシステムでした。
当時、かなりの節約志向(貧乏性)でお金を使うことに強い抵抗感があった私は、1回2000円という金額を払うべきか、本気で葛藤しました。しかし、その瞬間に頭の中でソロバンを弾いたのです。
「ここでわずか1万円(計5回分)の投資をケチって就活に落ちるリスクを背負うより、この投資で面接の合格率を極限まで高め、将来平均以上の安定した収入を確実に得る方が、投資対効果として安すぎる」と。
人生のここぞという勝負所では、目先のお金を溜め込むのではなく、未来の成果のために投資する。結果的にこの1万円の自己投資ハックが功を奏し、本番の面接は見事に合格。私は狙い通り、完璧な財政基盤を持つホワイト企業への切符を手に入れることができました。
【社会人生活のスタート】用意された最高の環境、そして芽生えた「次なる違和感」
実際に新卒として社会人生活がスタートしてみて、その会社は本当に素晴らしい環境でした。事前の仮説通りのギャップが一切ない、絵に描いたようなホワイト企業。財政基盤が安定しているため給料もしっかり出ますし、中の人たちも穏やかで、社内で波風を立てるような人は誰もいない、非常に心地いい人間関係のなかでスタートを切りました。
こうしたのんびりとした環境は、「安定して生きたい人」には最高ですが、「チャンスを掴んで動きたい人」にとっても実は絶好のブルーオーシャンです。周りの人たちが控えめで滅多に手を挙げないため、新卒の私が「これ、やらせてください!」「こういうことがしたいです!」と生意気にも積極的に手を挙げると、上司や先輩たちは親身になって、面白いプロジェクトのチャンスを次々と与えてくれました。
また、社内の縦のつながりや飲み会を大切に重ねていくうちに、気づけば社員が単独で4000人以上いる大企業の副社長が参加する、8人ほどのこじんまりとした社内飲み会にも声をかけてもらえるポジションに届いていました。そうした席でも「こういうことがやりたいんです」と生意気にも直接アピールをさせてもらえる機会をいただき、本当に周りの人間に恵まれた幸せな時間を過ごしていました。飲みニケーションの大切さも感じる1・2年目でした。
何不自由のない、恵まれすぎた会社員人生。 しかし、社会人2年目から3年目を迎える頃、私は自分のキャリアに対して、ある「モヤモヤ」を抱き始めていました。
当時は部門と部門の間をつなぐ間接的な業務が多く、仕事としての面白みを見出せなくなっていたのです。「自分のキャリアを他人に説明するときの言語化が難しいな」とか、「このままでは、どこでも通用するスキルが身についていないんじゃないか?」という焦りです。
そのモヤモヤは、実はかなり深刻でした。一時は「もう会社を辞めて、英語を学びに行くために海外留学しよう」と決意し、実際に留学エージェントから見積もりまで手元に取り寄せていたタイミングだったのです。
まさにその時、会社から思いもよらない打診を受けます。 「営業部門へ異動し、転勤してみないか。お前はそっちの方がキャリアが合うと思うぞ」と。
海外留学へ飛び出すか、会社に残って未知の営業職へとキャリアチェンジし、知らない土地へ転勤するか。私は激しく悩みました。しかし、最終的に私は営業へのキャリアチェンジ+転勤を2つ返事で受け入れることにしたのです。
海外留学は自分のタイミング次第でいつでも行ける。けれど、会社組織の中での劇的なキャリアチェンジは、自分のタイミングだけではどうにもならない、今しか掴めない波だと思ったからです。それに、知らない土地へ行くことも「いろんな場所に旅行できて楽しそうじゃん」と、当時はポジティブに捉えていました。
実際、飛び込んだ営業の仕事はとてつもなく楽しく、面白く、私の性に合っていました。だからこそ、あれから数年経った今でも、私は別の会社で営業の仕事を続けています。
しかし――。 転勤して半年ほどが経った頃、私の心の中に、それまで想像もしなかった「巨大な抵抗感と違和感」が芽生え始めることになります。
周りの先輩営業マンたちを見渡したとき、彼らが何度も何度も全国を転勤し続けている現実を知ったのです。「せっかくこの土地で新しく築き上げた人間関係も、会社の一存による転勤で、いつかはすべて崩壊してしまうんだ」という恐怖。そして、あんなに憧れていた「海外赴任」という夢さえも、実はいくつもの運が重ならなければ辿り着けない、ただの「運ゲーム」であるという冷酷な仕組みへの気づき。
「自分の生きる場所すら、会社に握られているままでいいのだろうか?」
恵まれたホワイト企業のレールの上で、私は初めて、そのレールから飛び降りて「自分の人生の手綱を、自分の手に奪い返す」という決意を固めることになります。
『会社の一存で生きていかない。大企業の安定を捨てて、私が「働く場所」を自分で選んだ理由』へ続く


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