(前編からの続き)
新卒で入社した数千人規模のホワイト企業。人間関係にも恵まれ、社内でのチャンスにも恵まれていた私が、なぜその居心地の良いレールを飛び降りる決断をしたのか。
その引き金となったのは、社会人3年目に命じられた「地方への転勤」でした。
新しい土地での営業の仕事は想像以上に楽しく、自分の性にも合っていました。しかし、異動して半年ほどが経ち、周囲の先輩や上司たちのリアルな働き方が見えてくるにつれて、私の中にそれまで感じたことのない巨大な違和感が芽生え始めました。
「私の人生、自分でコントロールできない要素があまりにも多すぎるのではないか」
あんなに憧れていた海外赴任も、社内の何重ものタイミングと適性が噛み合わなければ辿り着けない、会社を舞台にした壮大な「運ゲー」であるという現実。そして何より私を震撼させたのは、人生の先輩たちの「家族の形」でした。
【家族のすれ違い】50歳の単身赴任の上司が漏らした、衝撃のひとこと
当時、私の職場には、ご結婚されて単身赴任で転勤してきている50歳くらいの上司がいました。 ある時、私は何気なくその上司に「早く元の場所に、家族の元へ戻りたくないですか?」と尋ねたのです。
その時、上司から返ってきた言葉は、当時の私の胸に突き刺さるほどの衝撃であり、今でも忘れられない思い出となっています。
「いや……自分が今さら家に帰ったとしてもね、もう家族と生活リズムが全然違いすぎて、今から合わせるのが難しいんだよ。」
転勤を繰り返し、ずっと一人で単身赴任を続けていると、そんな悲しいケースが発生してしまうのだという現実を突きつけられたとき、私は猛烈に悲しくなりました。
もちろん、それはそれで「お互いに気楽でいい」「自分の人生や仕事に集中できるからプラスだ」と捉える人もいると思います。生き方は人それぞれです。しかし、そのお話を聞いたとき、私の中に明確な「自分の家族像」が浮かび上がりました。
「自分は、同じ屋根の下で、夫婦、そして子どもたちと一緒に暮らしたい。それが自分の理想とする家族の幸せだ」
その理想を掴み取るためには、会社の一存というあまりにも不確定な「運要素」に人生を委ねていては厳しい、と確信したのです。
仮に、転勤に家族を「全員連れていく」という選択をしたとしても、それは今の時代、簡単ではありません。自分の結婚相手のキャリアに多大なる影響を及ぼします。せっかく築いた仕事を辞めざるを得ないかもしれない。運良く転勤先で経験のある仕事が見つかればいいですが、不慣れな仕事に就くことになるかもしれない。必然的に、収入が下がる可能性も高くなります。
この物価高の時代に、自分1人の1馬力だけで家族全員を支え切れるのか。何より、相手の生活環境がガラリと変わり、周囲に知り合いが1人もいない環境に家族を置き続けることは、想像以上にタフさを求められます。
「自分の生きる場所だけでなく、大切な家族のライフスタイルまで、会社の一存で振り回されるわけにはいかない」 そう思った私は、ついに人生の手綱を自分の手に奪い返す決意を固めました。
【30歳までの実験】王道の転職エージェントと、当時の私のキャリア戦略
具体的な仕事の探し方としては、かなり王道でした。複数の転職エージェントに登録し、プロのアドバイザーに話を聞きながら進めていきました。
実は、私の1社目からの転職(2社目への選択)は、いわゆる「綺麗なキャリアアップの成功例」としては、あまり参考にならないかもしれません。なぜなら、そこには私の少し特殊な人生観があったからです。
私は当時、「30歳以降の人生で、自分の本当にやりたい仕事が明確に見えている状態にする」という大きな目標を人生のロードマップとして敷いていました。逆算すると、「29歳までは、とにかく色々な経験を自分の中に積むための実験期間にしよう」と考えていたのです。
自己分析を重ねるなかで、私はこれまでの営業活動のなかで「自分が提供したものが、目の前のお客様の利益にダイレクトにつながる面白さ」を実感していました。そして、売って終わり、提供して終わりの営業ではなく、お客様の目標達成のために手を取り合って一緒に頑張っていく「伴走型のスタイル」が自分は好きなんだ、という強い軸が1つ見つかりました。
新卒の時から持っていた「海外に行きたい」という気持ちは、当時はコロナ禍の真っ只中だったこともあり、一旦保留にせざるを得ませんでした。しかし、その代わりに「世界を知る前に、まずは日本有数の大都市である東京に身を置いて、自分の力を試してみたい」という新たな好奇心が湧いてきました。
こうして私は、「東京」という環境で、「お客様と伴走できる営業スタイル」を実践できる企業を探し、次なる一歩を踏み出したのです。
(※具体的な転職活動のテクニックや詳細なエピソードについては、また今後の記事で詳しく書いていきますね)
【転職という手札】「仕事は変えていい」と知るだけで、人生の自由度は跳ね上がる
これは考え方次第ですし、その時の運もあるとは思いますが、私は「転職を経験すること」自体が、今後の人生においてとてつもなく大事な財産になると信じています。なぜなら、転職経験は「人生の自由度を高める最強の要素」だからです。
かつての私が痛感したように、会社という組織には、自分以外の力によって個人の人生を大きく変えてしまう圧倒的な権力があります。その最たる例が、転勤やジョブローテーションです。もちろん、多様な経験を積ませて人材を育てるという意味では、私もそのシステムに大賛成です。しかし、「自分の人生の計画を立てる」という個人の視点に立ったとき、あまりにも予想が難しすぎます。住む場所も、付き合う人間関係も、自分の意思で選ぶことができないからです。
しかし、一度でも転職活動を経験してみると、心から実感できる驚きの事実があります。それは、「自分を採用してくれる会社なんて、そもそも世の中に星の数ほどたくさんある」ということです。
新卒で入った会社しか知らないと、「自分なんて、この会社を出たらどこにも雇ってもらえないんじゃないか……」と不安になる気持ちは本当によく分かります。でも、大丈夫です。死にはしません。仕事は必ず、どこにでもあります。
一度転職を経験し、自分が望む「生き方の方向性」を掴むことができると、一気に「人生を自分でコントロールしている感覚」が手に入ります。
私の例で言えば、「転勤が嫌なら、転勤のない会社に行けばいい」だけです。もし会社から別の職種への打診があって、どうしてもやりたくないなら、まずは断る。それが組織のルールとしてどうしても受け入れられないなら、「じゃあ、他の企業で営業をやればいいや」と、別の会社にチャレンジすればいい。もっと年収を上げたいと思ったら、今の会社で出世を狙うだけでなく、年収水準が高い業界へ引っ越すという選択肢だってあります。
自分が何を望むかを見定め、その手段として「仕事を変える」というカードが自分の中にある。そう気づくだけで、心の中の自由度は何倍にも跳ね上がります。1つの会社に長くいるほど「ここにいるのが当たり前」という思考の檻に閉じ込められがちですが、「いや、そうじゃない。仕事なんていつでも変えちゃっていいんだ」という発送を持てることこそが、転職がもたらす最大のメリットなのです。
まとめ:足が震えるほど怖かった。でも、本当に怖いのは不満を抱いたまま生きること
新しいことに挑戦するときは、誰だって不安になります。 今でこそこんな偉そうな記事を書いていますが、当時の私も、最初の決断を下すときは足が震えるほど怖かったです。私は20代で3社の環境を経験していますが、どれだけ経験を重ねても、決断する瞬間はいつだって不安でいっぱいです。
周囲からは「大企業を辞めるなんて、もったいない」と言われますし、同じ会社の人には絶対に相談できないから、孤独を感じることもあると思います。
ただ、私はいつも自分にこう問いかけていました。 「本当に怖いのは、今の不安に立ち向かうことだろうか? それとも、現状に不満とモヤモヤを抱いたまま、何年、何十年と自分の人生を諦めて進めてしまうことだろうか?」
私は、後者の方が圧倒的に恐ろしいと思いました。
不安に立ち向かい、自分で決断を下す経験は、転職に限らず、あなたという人間を確実に強くしてくれます。「自分の人生は、自分でどうにかするんだ」という強烈な当事者意識が芽生えたおかげで、私は今、自分で住む場所を選び、大好きな仲間たちに囲まれて、本当に幸せに生きています。
何が正解の選択肢かなんて、誰にも分かりません。 大切なのは、選ぶ前ではなく、選んだ後。「この猛烈な不安を乗り越えて選んだ道を、自分の手で、絶対に正解にしてみせる」という気持ちで、私はこれからも自分の人生のハンドルを握り続けていきます。
もし今、会社の一存に振り回されてモヤモヤしているなら、小さな一歩として、まずはエージェントの求人を眺めるだけでもいい。あなたの人生の主導権を、少しずつ自分の手に取り戻していきましょう。

コメント