はじめに:一人暮らしの「適当飯」が、同棲した途端に通用しなくなった
共働きで結婚・同棲生活が始まると、避けて通れないのが家事の分担です。我が家もお互いに半分ずつ分担していますが、その中で私が最も高い壁としてぶつかっているのが「料理」です。
一人暮らしの頃の私の食生活は、「食べられれば何でもいい」という思想そのものでした。 パックご飯を温めて生卵を落とすだけの卵かけご飯、適当に買ってきた肉をただ炒めただけのもの、小腹が空いたらゆで卵。野菜を自分で買って食べる習慣などほぼありませんでした。
しかし、同棲を始めた途端、その適当さは完全に通用しなくなりました。 妻も決して料理が得意なわけではないと言いますが、妻が用意してくれる食卓には、肉も野菜もたっぷりと入っていてバランスが取れている。そうなると、当然ながら自分が担当する日にも、同等かそれに近いレベルの食卓を用意せざるを得ない空気が生まれます。
料理をすること自体に強いストレスを感じていた私に対して、妻から返ってきたのは次の一言でした。
「私だって得意じゃないけどやってる。それが愛情だよ」
ぐうの音も出ませんでした。正論すぎて何の反論もできません。「苦手だから」と逃げていた自分の甘えを痛感し、同時に「毎日このレベルを求められたら、自分の心が持たないかもしれない」という強い危機感を覚えました。
この記事は、料理が本当に億劫でたまらないズボラな私が、日々の家庭生活で精神をすり減らさないために、どんな仕組みに逃げ込み、どうやって自分の心を守ろうとしているのかを整理した、現在進行形の中間報告です。
料理ストレスの構造:なぜズボラ夫は追い詰められるのか
なぜ、ここまで料理に対して強い拒否感とストレスを感じてしまうのか。自分自身の思考を分解してみると、3つの要因が絡み合っていることに気づきました。
① 毎日の「工程の多さ」が脳のメモリを奪う
献立を考え、買い物をし、食材を切り、火加減を見張り、油で汚れたフライパンを洗う。これを仕事終わりの平日に毎日こなすのは、料理が苦手な人間にとってはキャパシティを完全に超えています。
②「野菜と肉のバランス」という高い合格ライン
自分ひとりなら「肉だけ焼く」「米と卵だけ」で100点だったものが、共同生活では「野菜も摂れるバランスの良さ」が最低条件になります。手抜きが許されないプレッシャーが、自炊のハードルを一気に引き上げていました。
③「不慣れな努力に対する見返り」を期待してしまう
苦手なことを無理して頑張ると、「これだけ苦労して作ったのだから、相手にも感謝してほしい」という余計な期待が心の中に生まれます。しかし、相手からすれば「作って当たり前の家事」なので、過度なリアクションはありません。その結果、勝手に自分が不満や虚しさを溜め込むという悪循環に陥っていました。
心を守るための実験:調理家電に頼り、作業回数を極限まで減らす
「気合を入れて料理上手になろう」とするのは諦めました。真面目に努力しようとすればするほど、ストレスで家庭の空気を悪くしてしまうからです。
そこで私が自分の心を守るために始めた実験が、「調理家電を徹底的に使い倒し、調理という行為そのものをストック化する」というアプローチです。
実験①:炊飯器の限界まで一気に炊いて「冷凍ストック」にする
毎回1〜2合をこまめに炊くのをやめました。 炊飯器の限界値である「5合」を一気に炊き上げ、熱いうちにすべてラップに小分けして冷凍庫へ放り込みます。これだけで、向こう数日間は「米を研ぐ・炊く・片付ける」という工程を人生から消去できます。
さらに、炊飯器に米と調味料、鶏肉、ズッキーニを放り込んで炊くだけの「カオマンガイ」のように、ワンプレートで2〜4食分作れるレシピも試すようになりました。火加減を見る必要もなく、ボタンひとつで数食分が完了します。
実験②:ホットクックで「煮物・スープ」を大量生産して放置する
妻が求める「野菜も肉も入ったバランス」をクリアするための最大の救世主が、ホットクック(自動調理鍋)でした。
- 豚肉と大根の煮物
- 野菜たっぷりの具沢山スープ
- カレーやシチュー
食材をざっくり切って調味料と共に入れ、スイッチを押してあとは放置するだけ。焦げ付かないよう見張る必要もありません。 これで4〜6食分をまとめて作り、タッパーに小分けして冷凍保存します。平日はそれをレンジで温めて並べるだけで、「野菜も肉も整った食卓」が手に入ります。
「毎日イチから料理を作らなければならない」という思い込みを手放し、機械を使って数日分のストックを回すことで、料理にかかる精神的な負荷は劇的に軽くなりました。
家庭を荒らさないためのメンタル防衛:「見返りを求めない」という境地
仕組みを整えるのと同時に、自分自身のメンタル管理にも変化が必要だと感じています。
ホットクックで作った料理やストックを、最近は妻から言われる前に、自分から先回りして食卓へ並べるようにしています。ここで大切なのは、「自分はすごいことをした」と相手に感じさせないこと。「料理な苦手な俺がここまでできた天才!」とは自分の心の中だけに留めておきましょう。そして「相手からの感謝を過剰に求めないこと」です。
感謝を期待すると、相手の反応が薄かったときに「せっかく作ったのに」と勝手に心が削れます。前回の「期待値を下げる」という学びと同様に、「生活を回すための当たり前の作業」として淡々と出す。これによって、無用な苛立ちから自分の心を守ることができます。
ただし、妻が料理を作ってくれたり家事をしてくれた時には、意識して全力で「ありがとう」を伝えるようにしています。
自分への見返りは求めないけれど、相手の労力には感謝する。不器用な自分にとっては、これくらい割り切ったスタンスのほうが、お互いに機嫌よく生活を続けられる気がしています。
まとめ:苦手なことは「努力」ではなく「文明の利器」に逃げていい
共働き生活を始めてから、「苦手な家事を根性で乗り切ろうとするのは間違いだ」と痛感しています。無理をして疲弊し、不機嫌になって家庭の空気を壊すくらいなら、最初から機械や仕組みに頼るべきでした。
- 炊飯器で5合一括炊飯+冷凍ストック
- ホットクックで具沢山メニューを放置調理
- 作ったことへの見返りは求めず、相手への感謝だけを口にする
料理が得意ではない私が、日々の生活で心をすり減らさないために辿り着いた、現時点での思考と仕組みの整理です。
「苦手だけどやるのが愛情」という妻の言葉を真正面から受け止めつつも、自分の心を守るために、私はこれからも堂々と調理家電に逃げ込みながら、手探りで暮らしを回していこうと思います。

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