共働き夫婦は本当に子どもを育てられるのか?出生動向調査の現実

はじめに:国の統計と、22時に帰宅する現場のリアル

先日公表された国立社会保障・人口問題研究所の「第17回出生動向基本調査(結果の概要)」を読みながら、強い既視感と切実さを覚えました。
https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou17/doukou17_gaiyo.html

調査結果では、夫婦の予定子ども数が調査史上初めて2人を割り込み、一人っ子で留まる家庭が増加していること、そして妻の初婚年齢が30歳以上の場合は約半数が理想の子どもの数を叶えられていない現実が示されています。共働きや育休取得は推進されているものの、その裏で「仕事と育児の高密度な両立負担」が分厚い壁となって立ちはだかっている構造が浮き彫りになりました。

私たち夫婦も現在共働きで生活しています。

「いつかは子どもを持ちたい」という共通の意志を持ち、時期について話し合うこともあります。しかし、どれだけ未来を描こうとしても、どこかで足元がすくむような現実味の薄さを感じてしまいます。

この記事では、激務を抱える共働き当事者の視点から、子どもを持つ決断を阻む構造的要因(時間・お金・外部依存)について客観的に整理します。

物理的な「時間の欠落」:21時・22時帰宅の現実

決断を最も躊躇させる要因は、精神的な覚悟の有無ではなく、単純に「物理的な時間が存在しない」ことです。

  • 夫の帰宅時間:20〜21時頃
  • 妻の帰宅時間:21〜22時(繁忙時は23時頃)

お互いにキャリアの形成期であるという側面もありますが、単純に業務の総量が多く、物理的にこの時間まで拘束されてしまいます。精神的に崩れそうになる夜も、お互いが支え合うことでなんとか日常を維持しているのが現状です。

このタイムスケジュールに「育児」という24時間体制のタスクを組み込むことがどれほど非現実的であるかは、容易に計算できます。子育てに中途半端な姿勢で臨むことはできない以上、「今の働き方のままでは破綻する」という確信だけが先立ってしまいます。

「諦めの理由探し」という心理的防衛

状況を難しくしているのは、妻の身体的なタイムリミットも考慮しなければならない点です。プレッシャーを与えないよう具体的な期限を口にすることは避けていますが、無尽蔵に時間があるわけではありません。

こうした制約が積み重なると、人間は無意識に「持てない理由」「諦めるためのもっともらしい理由」を脳内で探し始めます。

  • 「二人だけの暮らしも身軽で幸福度が高い」
  • 「今の仕事の責任を果たす方が優先ではないか」

もちろん、二人で生きる人生も尊重すべき素晴らしい選択肢です。しかし、「本当に望んでその道を選ぶのか」それとも「過酷な両立環境から逃れるために諦めているのか」の境界線が曖昧になること自体が、当事者にとって強い葛藤となります。

解決を阻む「会社依存」と「変数の多さ」

この問題を解決しようとする際、個人レベルの努力だけでは突破しにくい構造的課題が存在します。

要素現状と課題
労働時間業務量を減らすために転職すると、勤務地が変わり通勤時間が伸びるリスクがある
住居・立地現在は双方の職場への近さ(通勤時間短縮)を最優先に賃貸を選択している
世帯年収業務負荷を落として年収が下がれば、教育費や生活費の新たな不安が発生する

職場への距離、業務量、給与水準。これらすべてを一度の決断で同時に満たす(全取りする)ことは極めて難易度が高く、多くが「会社側の雇用環境」に依存しています。ケアしなければならない変数が多すぎるため、身動きが取れなくなるのが共働き会社員の直面するリアルです。

まとめ:現状を直視し、悩みながら選択肢を模索する

現状に対して不満や文句を並べても、明日から業務量が劇的に減るわけではありません。

  • 「時間・お金・キャリア」が会社に依存している構造を冷静に把握する
  • 無理に白黒をつけず、今抱えている葛藤そのものを認識しておく
  • 社内での生産性向上やキャリアの再定義など、手元で動かせる選択肢を探る

統計に表れている「両立負担の重さ」は、個人の怠慢ではなく社会構造が生み出している摩擦です。答えがすぐに出ない問いだからこそ、焦って諦めの理由に逃げ込まず、夫婦で対話を重ねながら納得できる落としどころを探っていこうと思います。

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